子どもの貧困と本基金のアプローチ

子どもの貧困の現状と将来予測

大和総研 経済調査部 主任研究員 溝端 幹雄
大和総研 経済調査部
主任研究員
溝端 幹雄

豊かになった現代の日本で、果たして子どもの貧困問題はそれほど深刻なのか。昔と異なり、見た目では分からないのが、現代の貧困問題なのだ。データを通して、現代の子どもの貧困の実態を「見える化」することが重要である。

子どもの貧困の連鎖をどう断ち切るか

大和証券グループ 
輝く未来へ こども応援基金
萩原 なつ子 審査員長

子どもや若者が自分らしくのびのびと生きられる社会を、本気で目指そうという機運が高まっています。
2023年4月1日にスタートする「こども家庭庁」の設置もその一環です。

こども応援基金はこの動きを先取りする形で2017年からスタートし、全国各地で先駆的な実践活動を展開している団体を応援してきました。
本基金の特徴は2つあります。
ひとつは子どもの貧困の連鎖を断ち切るために必要な新しい事業の立ち上げや事業のモデル化など事業開発の視点から応援したこと。二つ目は単年度ではなく、3年間の継続助成をしたことで、成果が顕著に表れたことです。
たとえばオンライン研修システム、人材育成プログラムは結果として各地の多くの子ども支援団体、自治体、社協などの研修に活用され、困難を抱えた子ども・若者、そして家族を支援する人材育成に寄与する取組みとなっています。また、支援ツールの開発の成果として、地域の中から支援者を育成するモデル、複合型の学習支援モデル、学校内で居場所をつくるモデルなどが構築され、地域の多様な主体との連携・協働事業が広がりに貢献しています。

本事業に選考委員として関わり、団体の活動をみてきたことで気づいたことがあります。
助成団体の支援の対象者としての子ども・若者が、「対象」から、子ども・若者が抱える困難の連鎖を断ち切るための主体、担い手として共に成長している姿です。これが基金の果たした大きな役割ではないかと思っています。

萩原 なつ子氏

萩原 なつ子(はぎわら・なつこ)
(独立行政法人国立女性教育会館理事長、認定特定非営利活動法人日本NPOセンター代表理事、立教大学名誉教授)
お茶の水女子大学大学院修了。博士(学術)。(財)トヨタ財団アソシエイト・プログラムオフィサー、東横学園女子短期大学助教授、宮城県環境生活部次長、武蔵工業大学助教授、立教大学社会学部教授・立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授等を経て現職。中央教育審議会委員、休眠預金等活用審議会委員、他。
専門は環境社会学,男女共同参画,消費者教育、NPO/市民活動論。
博士論文では多くの市民活動団体を分析し、主な著書に『市民力による知の創造と発展-身近な環境に環する市民研究の持続的展開』(東信堂, 2009年)がある。

大和証券グループ 
輝く未来へ こども応援基金
小河 光治 審査員

「大和証券グループ 輝く未来へ こども応援基金」は、日本における民間の子どもの貧困対策の事業開発において、まさにファーストペンギンとしての役割を果たしてきました。

この基金が創設された2017年当時は、国が子どもの貧困対策の施策を始めたばかりで、民間の支援活動もいまほどの拡がりはありませんでした。我が国の経済界をリードする大和証券グループが民間団体に多額の助成を複数年にわたって継続支援する基金をつくり、ここまで実施してきたことは、とても大きな意味があります。
第一には、子どもの環境改善や貧困の連鎖の防止を目指す独自性や先駆性のある事業やプログラムの事業開発の助成は、それまでありませんでした。助成を受けた民間団体自身の発展だけではなく、同じ分野で支援活動をする多くの団体への事業やプログラムのノウハウの移転などがこの基金により大きく進みました。
第二には、子育てや教育は家族任せではなく、社会全体で育んでいくべきであるという大きな流れをつくっていく一つのきっかけになりました。来年春には、こども家庭庁が発足し、子どもの権利を守るこども基本法が施行されます。岸田首相は、子ども政策予算の倍増を明言し、「こどもまんなか」社会の実現に突き進もうとしています。
第三には、子どもの貧困対策など子どもに関わる社会課題の解決に向けて、行政のみならず経済界も大きく貢献するべきであることをこども応援基金の実施によって示していただき、その呼び水的な役割を果たしていただいたことです。

今後も多面的なこども支援の拡充に向け、温かいサポートをいただけることを心から願っています。

小河 光治氏

小河 光治(おがわ・こうじ)
子どもの貧困対策センター
公益財団法人あすのば 代表理事
1965年、愛知県小牧市生まれ。大学卒業後、あしなが育英会に勤務。神戸レインボーハウス館長、子どもの貧困担当などを務め、2015年3月に退職。同年6月、子どもの貧困対策センター「一般財団法人あすのば」を設立し、代表理事に就任。2016年4月「公益財団法人あすのば」に移行。
内閣府「休眠預金等活用審議会」専門委員主査(2017年~)、社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会理事(2019年~)、公益財団法人こども財団理事(2022年~)。

本基金のコンセプト
本基金が創設された背景と目指すもの

日本の子どもの7人に1人が貧困

現在、日本の子どもの7人に1人が貧困状態にあると言われています。
日本における貧困率は約16%で、およそ6世帯に1世帯が相対的貧困状態にあります。特にひとり親世帯の状態はより困窮度合いが深刻化しているのです。

家庭の貧困や格差は連鎖するといわれます。困窮状態にある子どもやその親に問題があるのではなく、取り巻く社会の環境に様々な原因が存在するのです。
一つは、教育機会の差の問題があげられます。年収が100万~200万程度の相対的貧困家庭では、子どもに十分な教育費をかけることができず、教育を受ける機会に格差が生じます。教育の格差によって、将来の学歴、就職、収入面などであらゆる格差が広がり、貧困の連鎖が生じやすくなっている背景があります。
二つ目は、生育過程における生活環境の問題です。経済的な困窮下にあるために、十分な食事がとれない、早くからアルバイト等で就労する必要があったり、多児世帯では親の代わりに兄弟の面倒をみる必要があるなど、ヤングケアラーの問題も指摘されています。また親が長時間労働や夜間・深夜勤務などを余儀なくされることで、子ども達の見守りが難しく、生活リズムの乱れなど日々の生活をおくる上でも様々な問題が生じるリスクを抱えています。

生活環境が整わない中で成長する過程の中で、子ども達が本来得るべき学びやサポートを十分に受けられず、それが子どもたちの将来に様々な影響を与えることが指摘されています。
こうした子どもの貧困の連鎖を断ち切るために、全国でNPO等による多様な取り組みが始まっています。
同時に実践の場や研究者からは、いくつかの課題も提示されています。

  • 子どもの学習能力や非認知能力、コミュニケーション能力などの健全な発達のためには、より低学年の学習環境や乳幼児期の成育環境の確保にも目を向ける必要がある。
  • 支援対象の絞り込みは個人情報保護の観点や「レッテル貼り」につながる危険性から難しいことが多く、困難に直面する子どもたちを確実に支援するためには、潜在的にニーズをもつ層に、多様な主体が連携して、様々な工夫で働きかけるアウトリーチが課題となっている。
  • 効果的で継続的な事業の実現には、取り組み内容の精査、人材・体制・財源の確保、地域での連携体制の構築などに取り組む必要がある。
  • また根本的な問題として、子どもの育つ世帯の貧困解決への視点、つまり親を含めた世帯へのソーシャルワークの視点をもって、親とつながり、親の抱えている問題解決をはかるような取組が必要である。つまり地域社会のように「親以外の誰か」が子どもを支えるという形と同時に、本来親自身が持っている力や願いを引き出して社会的に支えていくような仕組みも大切である。

これらの現状を踏まえ、本基金では、子どもの人生への意欲を育み将来の貧困リスクを低減する先駆的な事業が、効果的で継続的なものになるための事業開発を支援し、子どもの貧困対策におけるイノベーションを応援します。

本基金の目的と目指す成果

基金の目的

本基金は、経済的に困難な状況下にある子どもの環境改善や貧困の連鎖の防止を目指す独自性や先駆性のある事業やプログラムの事業開発を支援します。

全く新規の事業の立ち上げだけでなく、既に立ち上げた事業がサービス提供方法を確立して安定的になるまで、あるいは、財源を確保して持続的にサービス提供が可能になるまで、などの開発段階を支援します。

事業開発には、事業のモデル実施を通じた手法の確立、専門人材の育成・雇用、ビジネスモデル(財源確保方法)の構築、事業の効果的実施のためのネットワークや協働関係の構築、成果評価手法の確立、政策・制度の形成にむけた社会実験などを含みます。

個別の法人による事業開発だけでなく、複数の団体や異なるセクター間の協働体制の構築やネットワークの形成も対象となります。

すでに確立している事業やプログラムを、他地域や他の条件に「移転」「波及」する取り組みも対象となります。

支援先団体に対し、最大3年間で合計900万円程度の助成金を提供することを通じ、支援終了後も活動を継続して成果を上げることのできるような事業モデルを構築することを目的とします。

さらに、民間非営利セクターや政府セクターに対し、広報活動を通じ、基金の活動成果の共有を図ることを目指しています。

目指す成果

本基金では中期的成果として以下のことを目指します。
支援先団体の事業の確立を通じ、他団体が参考とできるような先駆的モデル(課題解決の視点や手法、事業モデル等)を提供するほか、政策・制度の検討において影響を及ぼすことなど、子どもの貧困対策におけるイノベーションの促進を中期的成果として目指します。