子どもの環境格差の現状

「見えにくい子どもの貧困の実態」

大和総研 経済調査部 主任研究員 溝端 幹雄
大和総研 経済調査部
主任研究員
溝端 幹雄

豊かになった現代の日本で、果たして子どもの貧困問題はそれほど深刻なのか。昔と異なり、見た目では分からないのが、現代の貧困問題なのだ。データを通して、現代の子どもの貧困の実態を「見える化」することが重要である。

(1)身近にいる貧困層の子ども

貧困を測る基準として、途上国や終戦直後の日本のように生存可能な所得水準が問われる場合、絶対的な所得水準が適している。一方、現在、先進国をはじめ一般的に用いられる貧困の基準には、社会的な孤立を深めたり健康状態が悪化したりするなど、その国で生活する上で人としての尊厳を失いかねないリスクのある所得水準が使われる。具体的には「相対的貧困率」と呼ばれ、対象者全体のうち、世帯1人当たりの可処分所得の中央値(可処分所得を高い順から並べて真ん中に位置する人の可処分所得)の半分(貧困線)に満たない低所得しか得られていない人々の割合と定義される。相対レベルの所得で貧困を定義するために「相対的」と呼ばれる。

子どもの貧困率

グラフ
  • (注)子どもの貧困率=子ども(17歳以下)全体に占める、等価可処分所得が貧困線に満たない子どもの割合。
  • (出所)厚生労働省「国民生活基礎調査」より大和総研作成

世帯類型別・子どもがいる現役世帯の貧困率(2018年)

グラフ
  • (注)各世帯類型別の貧困率=それぞれの現役世帯(世帯主が18歳以上65歳未満の世帯)に属する世帯員全体に占める、等価可処分所得が貧困線に満たない世帯の世帯員の割合。
  • (出所)厚生労働省「国民生活基礎調査」より大和総研作成

2020年12月に政府が公表した最新のデータ(2018年)では、子どもの貧困率は13.5%とやや改善した。2012年をピークに改善している背景には、アベノミクスの影響などで低所得世帯でも所得が増えてきたことがある。しかし、今回のコロナ禍で低所得世帯を中心に所得が低下して、子どもの貧困率は足元で再び悪化している可能性がある。国際比較すると、日本の子どもの貧困率はスペインなどの南欧諸国や米国よりも低く、オーストラリア・フランスと同程度だが、フィンランドなどの北欧よりは高い水準である(LIS:Luxembourg Income Study Database)。
日本の子どもの貧困率の特徴は、大人が1人の世帯で貧困率が高いことだ。特に母子世帯における子どもの貧困率が深刻である。これは日本の女性が低賃金となりやすいこと、その背景にある女性に多い非正規雇用の存在が関係している。父親の就業形態が非正規の場合でも子どもは貧困に陥りやすい。夫は無期雇用の正社員、妻は専業主婦という世帯モデルを前提とする日本の雇用・社会システムが時代に合わなくなっており、その歪みが子どもの貧困という形で顕在化している。

親の就労状況別・子どもの貧困率(2012年)

グラフ
  • (注)「正規」「非正規」の区分は、一般常雇(期間定めなし、契約1年以上、1ヶ月以上1年未満の契約、日々または1月未満の契約)の雇用者を、勤め先での呼称別に区分し再集計したもの。「正規」は正規の職員・従業員、「非正規」はパート、アルバイト、派遣職員、契約職員、嘱託、その他を指す。「日々または1月未満の契約」については、サンプル数が少ないため貧困率は集計せず。
  • (出所)阿部彩(2014)「相対的貧困率の動向:2006、2009、2012年」貧困統計ホームページより大和総研作成

親の年齢別・子どもの貧困率(2012年)

グラフ
  • (注)年齢は現在の親の年齢を表す。
  • (出所)阿部彩(2014)「相対的貧困率の動向:2006、2009、2012年」貧困統計ホームページより大和総研作成

しかし、こうした子どもの貧困の実態は、我々の持つ貧困のイメージに必ずしも合わない。実態と実感の乖離を生む原因には、貧困が相対概念で定義されることもあるが、もう一つ、現代ではどの子どもでも持ち物にはそれほど差がなくなっていることが指摘できる。
例えば、ゲーム機や自転車、携帯電話やスマートフォンなどの持ち物では、一般世帯と貧困世帯の差はほとんどないのだ。全体的にモノの値段が下がっていることや、かつてと比べて日本ではモノを買うだけの最低限の所得は得られるようになったことが理由だろう。しかし、貧困世帯の子どもは、習い事に通ったり、家族旅行ができないなど、いわゆる経験面で一般世帯よりも不利となっている。低所得層では親の労働時間も長くなりがちで、子どもに様々な経験をさせる時間が取れないこと、それを不憫に思う親がせめて持ち物だけでもと、モノで埋め合わせをしている側面もあるのではないか。こうしたサービス消費で差が生じていることが、貧困層の子どもの存在が見えにくい背景にある。

貧困世帯の有無別・子どもの持ち物や諸経験の違い(上:持ち物、下:経験<大阪府、2016年>)

グラフ
グラフ
  • (注)グラフは大阪府内全自治体のもの。一般世帯は等価可処分所得が中央値以上、貧困世帯は困窮度Ⅰ(等価可処分所得が中央値の50%のライン)を指す。
  • (出所)公立大学法人大阪府立大学「大阪府子どもの生活に関する実態調査」(平成29年3月)より大和総研作成

(2)経済・社会的影響

子どもの貧困が深刻なのは、子ども自身への影響に加えて、それが持続的な貧困・所得格差を生み出す原因にもなるからだ。貧困・所得格差の連鎖を生み出す様々なルートのうち最も重要なのが「教育」である。
親の年収にかかわらず全ての子どもが教育を受けることができる義務教育でも、実態は親の年収が上がれば子どもの学力も上昇する関係がある。塾や習い事などに費やす支出額は世帯年収が高いほど多く、子どもの学力(認知能力)形成には親の所得が大きな影響を与えやすい。

世帯年収別に見た学校外教育支出の分布(中学3年生)

グラフ
  • (注)世帯年収は税込収入。学校外教育支出(学習塾や習い事)は子ども1人当たり月平均支出。
  • (出所)国立大学法人お茶の水女子大学「平成25年度全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)の結果を活用した学力に影響を与える要因分析に関する調査研究」(平成26年3月28日)より大和総研作成

生活困難世帯の有無別・「逆境を乗り越える力」が弱い子どもの割合(2016年度)

グラフ
  • (注1)生活困難世帯とは、「世帯年収300万円未満」「生活必需品の非所有」「支払困難経験あり」の3つの要素のうちいずれか1つでも該当する世帯を指す。
  • (注2)数字は「逆境を乗り越える力」が低群に分類される子どもの割合を指す。
  • (出所)足立区・足立区教育委員会、国立成育医療センター研究所社会医学研究部、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科国際健康推進医学分野「第2回 子どもの健康・生活実態調査 平成28年度報告書」(平成29年4月)より大和総研作成

勉強などの認知能力だけでなく、忍耐力、やる気、協調性、コミュニケーション能力といった、社会の中で生きていく上で必要な非認知能力の形成も重要だ。しかしここでも、貧困世帯の子どもは不利となっており、例えば東京都足立区を対象とした調査によると、「逆境を乗り越える力」は貧困世帯の方が低い。非認知能力は子どもが勉強をする前向きな姿勢とも関係しており、貧困世帯の子どもは能力形成の面で悪循環に陥りやすい。
また、健康状態が悪いと、将来仕事を続けることが難しくなり生涯所得が下がるリスクが高まる。貧困世帯では、栄養が偏りがちで子どもの肥満が多くなりやすく、将来の健康面でのリスクも抱えている。親が長時間もしくは深夜・早朝勤務で普段の子どもの様子を見守る余裕がないことも関係がありそうだ。

生活困難世帯の有無別・「肥満」の割合(2016年度)

グラフ
  • (注1)生活困難世帯とは、「世帯年収300万円未満」「生活必需品の非所有」「支払困難経験あり」の3つの要素のうちいずれか1つでも該当する世帯を指す。
  • (注2)「肥満」の数字は肥満傾向に分類される子どもの割合を表す。
  • (出所)足立区・足立区教育委員会、国立成育医療センター研究所社会医学研究部、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科国際健康推進医学分野「第2回 子どもの健康・生活実態調査 平成28年度報告書」(平成29年4月)より大和総研作成

子どもの貧困は、能力面や健康面を通じて、将来の人的資本の劣化を招来しやすい。イノベーションなどで就業者1人当たりの生産性を高めていくべき日本では、これまで以上に人的資本の質の高さが決定的に重要となる。次世代を担う子どもの貧困は、人的資本を持続的に劣化させて長期的な国力の低下に直結する。見た目では分かりにくい子どもの貧困問題は、日本の隠れた大きなリスクである。

こちらのレポートの解説動画(2018年6月収録)もご覧下さい

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