


古谷 由紀子氏
(公社)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会(NACS) 理事 〔NACS消費生活研究所担当〕、日本経営倫理学会会員、米国経営倫理学会会員、経営倫理実践研究センター(BERC)フェロー、玉川大学非常勤講師
中央大学法学部法律学科卒業、消費生活アドバイザー。
経済産業省ISO/SR国内対応委員会委員、内閣府「社会的責任に関する円卓会議」運営委員のほか、企業の社外委員(コンプライアンス専門委員会、業務品質向上委員会、品質諮問委員会など)、CSR関連として、企業のステークホルダーダイアローグ、第三者意見執筆に参画。・・・
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河口:
ISO 26000(*1)でも7つの中核主題の1つに「消費者課題」が位置づけられていますが、消費生活に関する活動を長年続けてこられた古谷さんに、消費をめぐる近ごろの動向についてお聞かせいただけますか。
(*1)2010年11月1日にISO(国際標準化機構)により発行された国際規格「Guidance on social responsibility(社会的責任に関する手引き)」。企業にとどまらず、政府・学校・NGOなど、多様な組織を対象としている。
古谷氏:
いま、消費者が抱えている課題に事業者がどう取り組むべきかが問われています。CSRという意味でも、持続可能な社会の課題の1つとして消費者課題をとらえるべきだと私は思っているのですが、多くの企業では、目の前で自社の製品・サービスを購入してくださる「お客様」への対応を考えており、その背景にある「消費者」の抱えている課題が認識されていません。
河口:
消費者課題を顧客満足(CS)だと思い込んでいると、議論の入り口から違ってしまいます。まず、消費者課題は何かを整理したいのですが、具体的にはどういうものがありますか。
古谷氏:
ひとつには、ISO26000でも挙げられている公正なマーケティングがあります。例えば広告は、企業にとっては紛れもなくマーケティングの一環としての販売手段ですが、消費者にとっては商品・サービスの選択の手段です。そのように見ることによって、消費者の選択に必要な情報をきちんと伝えているか、という点に思い至ると思います。
あるいは、メーカーは製品の「品質」ととらえるますが、消費者にとっては「安全」を意味することがあります。メーカーは「もちろん安全も品質に含まれています」と言いますが、「品質」と言っている限り、消費者の立場で見ていることにはなりません。
河口:
サプライサイドから「品質を提供する」という視点ですね。

古谷氏:
「品質」ではなく「安全」だと思えば、消費者の健康や生命に直結しますから、それまでの広告や情報提供のなかで足りなかったことや問題が見えてきて、どんな消費者がどんな課題を抱えているかに気がつくと思います。
河口:
リコール問題ひとつとっても、安全ではない製品だと知らされる権利が奪われていたと言えますね。
古谷氏:
企業側から見ると、品質に問題のある商品が市場に出回ってしまったから回収しなければならないという企業のリスク対応的な視点が強調されがちですが、消費者側から見ると、安全でない商品による消費者の被害防止こそ重要という視点となり、対策等もおのずと違ってきます。そうやって、今までの業務をISO26000の消費者課題の根底にある消費者の権利から見直すと、消費者課題が見えてきます。なお、企業によって、あるいは提供する商品によって、消費者課題はかなり違ってきます。単なる「ニーズ」ではない分、わかりにくいこともあるかもしれません。
河口:
そもそも与えられている権利が侵害されるようなビジネスは、きちんと正していくのは当然ですね。
古谷氏:
おそらく企業の方は、消費者の権利について学んでいないと思います。「権利」というと、どこか対立構造になってしまって抵抗があるかもしれませんが、まずそこをしっかり認識することから始めるほうが、ISO26000の本質を捉えることができると思います。
河口:
企業と消費者の二者だけで取り組もうとすると、たぶん行き詰まってしまいます。本来なら国が行司役として権利を提供するプラットホームをつくって、企業と消費者に参加してもらうのがいいでしょうね。消費者の権利をきちんと知らしめて、その権利を侵害している企業を罰したり、逆に消費者が暴走しているときには、歯止めをかける役割を果たせばいいと思います。企業から消費者には直接苦言を呈するのは難しいでしょうから。

古谷氏:
消費者視点の政策を実施する機関として、消費者庁が権利と同時に責任に関する枠組みをきっちりつくれるといいと思います。消費者庁が5年ごとに「消費者基本計画」をつくっているのですが、そこの中に「安全」「取引」などに関する政策はあっても、「責任」という項目はありません。
「お客様」という発想になると、消費者の言うことは何でも聞かないといけないような気がしますが、正当でない主張であれば、本来は聞く必要はありません。企業に責任がある一方で、消費者にも責任があると思います。
河口:
消費者に権利があるなら、当然義務や責任もありますよね。
古谷氏:
消費者に選ばれるために企業が一生懸命CSに取り組んできたことが、逆に責任を担えない消費者を生んできた側面もあります。きちんと責任を担える主体を育てる消費者教育も企業の課題の1つです。
河口:
そうですね。ただ、ひと口に消費者といってもいろいろな人がいるので、誰をどうやって教育したらどうなるか、という道筋が見えない気がします。
古谷氏:
私は今、「社会的責任に関する円卓会議(*2)」に入って、消費者教育や市民教育にかかわっています。そこでわかったのは、政府、企業、消費者団体、あるいはその他のNPOなどが、熱心に消費者教育に取り組んでいるにもかかわらず、責任まで担える消費者が育っているかというと、まだまだ大きな課題があると思われます。
(*2) 政府だけでは解決できない社会的課題に対し、広範な主体が協働して自ら解決に当たる新たな枠組みとして、2009年3月に発足した「安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議」。内閣府所管。
河口:
そういう消費者教育って、なかなか具体的には動きませんね。
古谷氏:
よくアメリカ型と日本型を比較して考えるのですが、両者では発想がまったく違います。日本型の消費者教育は、市場経済の中で情報や力がないために被害を受けた、弱者としての「かわいそうな」消費者を救済するという視点です。アメリカでは、商品やサービスを選択するための消費者教育ととらえます。市場経済の主体的な当事者として、自立してきっちりと情報を入手して、きちんと選択する消費者を教育しようとしています。この点は日本でも大きな課題です。
河口:
例えば、店頭で売られている化粧品の返品率がとても高いと聞きます。消費者がパッケージを破いて汚してしまうことが多くて、中身は問題なくてもメーカーに返品せざるを得ないそうです。それは廃棄コストとして、結局値段に跳ね返ります。
古谷氏:
自分だけがきれいで問題のない商品を買えればいいと、自分のことしか考えていない人が結構いますね。日本の消費者に欠けているのは、他者のこと、あるいは世界全体を含めて考えることだと思います。
河口:
これまで、消費者には責任なんてないし、自分の利益だけを考えていれば、それでよしとされてきましたから。
古谷氏:
確かに経済的な原理だとそうなりますが、本当は違うのではないか、という見方がISO26000の背景にもあります。