


土堤内昭雄氏
株式会社ニッセイ基礎研究所 主任研究員
東京都千代田区男女平等推進区民会議委員、厚生労働省社会保障審議会児童部会委員などを務め、都市開発、少子高齢化や人口減少、男女共同参画、ライフデザインなどに関する調査・研究および講演・執筆活動を行う。著書に『父親が子育てに出会う時-「育児」と「育自」の楽しみ再発見』(2004年 筒井書房)、『「人口減少」で読み解く時代‐輝く社会と人生のデザイン』(2006年 ぎょうせい)など。

船木成記氏
株式会社博報堂 ソーシャルビジネス局 企画開発部 アカウントディレクター
前内閣府男女共同参画局および仕事と生活の調和推進室政策企画調査官。市民参加、地域活性、環境コミュニケーションを主とする社会課題の解決を目指し、ソーシャルマーケティング手法によるビジネス開発業務に携わる。WWFジャパンによる『温DOWN化計画』、環境省発の国民運動『チームマイナス6%』の企画・実施など多数のプロジェクトに参画。

河口:
CSR活動の一環として、ワークライフバランスを推進する企業が増えています。基本的には残業時間を制限し早く退社することで、だらだら残業を減らし業務を効率化し、従業員は自分の時間を増やし、プライベートが充実できます。企業にも個人にもメリットがあるしくみです。しかし、定時退社や早帰り自体が目的化している企業もあるとか。CSR全般に言えることですが、達成率ばかりが注視され、目的と手段が入れ替わってしまっては本末転倒です。
そこで今回は、ワークライフバランスの本質や意義、実践された経験談などをうかがえたらと思います。
土堤内氏:
ではまず意義についてのお話を。ワークライフバランスには、大きく3つの視点があると思っています。一つめは日本社会にとって。少子高齢化によって労働力人口が減少していくなか、仕事と子育ての両立を図り、就労率の低い30代女性の活躍の場を増やすための施策としてワークライフバランスがあります。
河口:
日本経済の活力維持、これからのに社会を支える労働力確保、というマクロな視点ですね。
土堤内氏:
2つめは企業にとって。労働力人口の減少に伴い、人材を採用・確保することが難しくなっていきます。働きやすい柔軟な労働環境を提供することが、優秀な人材確保の必須条件になるでしょう。
また、大量生産の時代が終わり、多品種少量生産が求められる今、単一思考型の組織では多様なニーズに対応しきれません。人材のポートフォリオの多様化、つまりダイバーシティ(*1)が企業の体質強化に必要です。
(*1)ダイバーシティ:一人ひとりが持つ違い(性別・国籍・年齢・学歴・身体障害の有無・価値観・ライフスタイルなど)を受け入れ、それぞれを価値として生かそうという考え方。
河口:
ワークライフバランスは企業の経営戦略上、欠かせない重要なものであると。メリットの有無以前に、やらなければ大きな損失が生まれるリスクがありますね。
土堤内氏:
そういうことです。3つめは個人にとって。自分が望む多様な生き方を実現するために、ワークライフバランスが必要とされています。
特に、女性はこれまで「仕事か、子育てか」という二者択一を迫られることが多かった。しかし仕事をするということは、生きるためにも、自己実現を図るためにも必要な基本的な権利です。一方、子育ても基本的な権利です。二者択一ではなく、どちらも実現できる環境をつくっていくべきでしょう。
この個人の幸せの実現が最も大切です。結果としてそれが国や企業のためにもなりますが、それはあくまで結果であって、はじめからそこを目指すものではないと思います。
河口:
個人の自由時間が増えるということもワークライフバランスの一面ではありますが、1番の目的は私たち一人ひとりの幸せの実現なのですね。

河口:
船木さんは、内閣府の「仕事と生活の調和推進室(*2)」に参画していたご経験があります。日本におけるワークライフバランスの現状をどうご覧になりますか。
(*2)仕事と生活の調和推進室:2008年より内閣府に設けられた、ワークライフバランスの啓発・推進のための組織。
船木氏:
内閣府の活動の中で、「カエル!ジャパン(*3)」というキャンペーンを実施させていただきました。このカエルの意味は「働き方を変える」なんです。
ところがセミナーなどで各地を回ると、地域の中小企業の方たちに「仕事がないのに、ワークライフバランスなんて言っていられない」と言われることが何度もありました。一部の企業や担当者はがんばっているけれど、全体への浸透はまだまだという印象です。
(*3)カエル!ジャパン:2008年より内閣府が実施している、国民運動(キャンペーン)の名称。カエルをイメージキャラクターに起用し、ワークライフバランスの啓発・推進を行なっている。
河口:
現場では「ワークライフバランス=仕事を減らすこと」だと考えられているのでしょうか。
船木氏:
そういう方は多いですね。でも、ワークとライフは、天秤にかけてどちらか重いほうだけを取るというものではありません。当然かもしれませんが、生きること、生活という大きなくくりのなかに、生業としての仕事があるのですから。何よりもこのことをみなさんに理解していただきたいと、内閣府の活動を通して言い続けておりました。
土堤内氏:
本質を伝えるには、「バランス」という言葉よりも「仕事と生活の調和」のほうがわかりやすいかもしれませんね。ワークライフハーモニー(調和)というと、二者択一ではなく、仕事と生活が交じり合うイメージを持てます。
船木氏:
海外や日本の一部では「ワークライフシナジー(相互作用)」という言葉も使われています。地域で出合った方々には「ライフワークバランス」と、ライフを先に言う方もいらっしゃいました。地域は生活をより大切に考えているのかもしれませんね。
河口:
実際に、地域の方がワークライフバランスを実践できるケースが多いようにも思います。職場と自宅が近く、残業が都市部ほど多くない。祖父母が育児に協力してくれる、という話をききます.