


森原秀樹氏
反差別国際運動(IMADR)
事務局長
反差別国際運動(IMADR)は、世界から一切の差別を撤廃することを目指す国際NGO。国連経済社会理事会との協議資格を持つ。被差別マイノリティの国際連帯や、国内・国際レベルにおける提言活動、ならびに国際人権保障メカニズムの発展に取り組んでいる。

河口:
「CSRと人権」をテーマに、先日はアムネスティの寺中氏にお話を伺いました。人権は日常生活から離れたものと思われがちですが、実際には日々の生活と密着したものだというお話を伺い、まずはそうした人権意識を変えることがCSRの第一歩だと思いました。
森原氏:
日本で人権意識が育っていないという指摘は確かに正しいのですが、私は人権問題を「個人の人権意識の問題」で終わらせたくないと思っています。人権保障のための様々なメカニズムは、個人や特定の集団が強大な国家権力に恣意的にふりまわされることを防ぐために育まれてきました。人権は単に道徳倫理的な課題ではなく、政治経済的な構造の問題であり、法制度の問題なのです。
ところが日本では、人権は「思いやり」の問題だと捉えられることが多いようです。それは、人権が、公権力の暴走をくいとめる概念としてよりも、「国家が個人に教えるもの」として認識されていることと関係していると思います。人権問題が私人間における社会的差別の問題に矮小化されているのです。
戦後の日本における最初の人権政策は、部落差別撤廃のための政策でした。部落解放運動などを中心とした働きかけがあって初めて日本政府は国際人権条約(*1)に加入し、その後日本における人権状況は改善されてきました。しかし一方で、人権イコール部落差別撤廃、イコール私人間における社会的差別の問題というあやまった認識が主に行政によって広められ、公権力による人権侵害や、政治や経済社会構造の問題として差別を捉える視点が相対的に軽視されることにつながってしまったことも事実だと思います。本来、そういった視点なしには、社会的差別についてもきちんと理解できないはずなのです。
(*1)国際人権条約:
国際的な人権条約。日本政府が締結している主な条約として、自由権規約、社会権規約、拷問等禁止条約、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約、子どもの権利条約などが挙げられる。

森原氏:
日本企業は1970年代から、雇用における差別をなくすために人権啓発研修を実施しています。「同和問題に取り組む全国企業連絡会」の会員企業は現在1,600社にも及びます。日本企業は企業内の人権啓発研修については、世界的にも評価すべき実績を持っているのです。
ところが、こうした取り組みは“CSR“とは必ずしも結びついていません。人権概念の矮小的な理解も原因のひとつでしょう。人権啓発研修には私もときどきお声がけいただきますが、人事部や総務部という一部署の管轄のもとで行われ、単純に人権意識を育もうという、いわゆる「思いやり教育」に終わっているところが多いようです。この研修を「人権問題に自社の本業でどう取り組むべきか」を考える場にできたら、非常に意義があると思います。
河口:
日本企業における人権問題と言えば、部落差別撤廃の問題と海外のサプライチェーンの問題ばかりが注目され、他の様々な問題、例えば国内の外国人移住労働者の問題や、地方の下請けの問題などは語られてきませんでした。
森原氏:
確かにそうですね。しかし、海外のサプライチェーンの問題について取り組みが進んでいるかといえば、そうでもありません。調達基準を持つ企業自体が少ないなか、人権に関する基準を持つ企業はほとんどないのが現状です。

河口:
企業はCSRとして、どこから人権問題に取り組むべきなのでしょうか。
森原氏:
まずはそれぞれの企業が、業種や企業規模に応じた自らの課題を見つけることだと思います。
マクロな視点から言えば、企業は発展の過程で、様々な人権侵害を引き起こしてきました。国家から干渉されない自由な経済主体として活動を開始した企業は、資本主義の原理の中で当然様々な搾取をし、ときには奴隷貿易にも加担し、ときには資源開発地における先住民の人権侵害を引き起こしてきました。その結果、企業活動を規制するルールも作られてきましたが、経済グローバル化のなかで、急速な企業活動の拡大に対応が追いついていないのが現状です。
一方で、1948年に世界人権宣言を採択して以来これまでに、国連を中心に約100の国際的な人権文書が採択され、主に国家の責任を明確にしてきました。そして近年になってようやく、国家だけでなく企業も人権の担い手として位置づける議論が盛んになっています。こうした状況の下で、先進国では雇用の問題が、開発途上国では劣悪な労働条件や資源開発地における先住民族の人権侵害などの問題が、CSRとして認識されるようになってきたのです。人権の発展の歴史とCSRの推進の歴史がようやく出会った段階だと感じています。
世界の人権状況を理解することも当然大事ですが、状況の理解につながるような課題設定をする段階なのではないでしょうか。それも、欧米で言われていることを借りて言うのではなく、日本固有の問題や状況に対しても、もっと目を向けるべきではないかと思います。